甘能美にあふれた世界

感性と感情に浸る時間を過ごします。

しんどい

大前提として、刻石流水の精神だよ。

わたしは。

 

 

相手の助けになると思ってやることが、

そういう配慮からくることだと

気付かれないものだと理解してるんだけどさ。

そこも含めて修行だと思ってるさ。

 

気づかれないことの方が多くて、
気づいてもらえる方が稀だよね。

 

実はこうだったんだよって

説明できるだけまだマシで。

説明できないまま

誤解が生まれるなんてこともあって。

 

 

今年で最後だから

今までより

明確にアドバイスするようにしていて。

◯◯先生(わたし)には出来るだろうけど自分には出来ないと言われることが多い。

 

 

ことの顛末について順を追って説明した時も、

そこまで思慮が働かないものなのかと

驚く瞬間が多い。

 

 

だから、私は勘違いする。

私が人と違うのかなって。

 

 

でもね。今年は4月にもう辞めようって考え始めていたから、分かったの。

 

あれだけ熱く考えていた自分と、

温度差がある皆さんとの違いに。

 

私は真面目に熱心に、

施設の今後とスムーズな職場環境について

考えて悩んで行動してきた。

誰かの為は自分の為にもなるって。

 

でも今年は熱心に取り組むのをやめた。

 

そしたらさ、

情報を拾っても動く気にならないし。

担当者が動くだろうから確認もいいやって。

仕事は少なくなった。

 

ここが違ったんだって気づいたんだぁ。

 

自分本位か周りの為かで

行動が変わるのも分かったし。

 

温度差の正体はこの辺かぁって。

 

分かった今、

私の気持ちはただただやるせない。

 

 

誰かの為に動くことが私の生き甲斐だけど、

誰もみていてくれない世界に立てるほど強くもない。

評価が目に見えてグンと上がらない世界に居られるほど欲は小さくない。

 

前は2人居たけどその人達はもう居ない。

他に求めてみたけどまぁ無理だった。

 

どこかで誰かが見ていてくれるという安心感。

心の支え。信頼のおける評価基準。

 

 

誰にも理解されないこの感覚。

 

 

職場の外にはもちろんいる。

けどこの職場にはもういないし、

私がどこかで見ている存在の側。

誰かの支えの側。

 

 

でも私の心はそれだけじゃ潤わない。

私は貪欲なの。

 

 

社会人としては刻石流水だよ。

でも本心は1人だけでも居ないと無理。

どこか良いタイミングでかけられる言葉が

ない限り、わたしは無理。

 

 

わたしはしてる。

わたしにはされない。

 

しんどい。

 

だから心機一転する。

もう、無理。

 

しんどい。