甘能美にあふれた世界

感性と感情に浸る時間を過ごします。

はじめ

吉田松陰の武教全書講録を読み直して

考えを改めました。

 

私は武士じゃ無いし、

宗教を信仰するつもりもない。

 

今までよりも学んで、

何を善しとするかを考え続けようと思います。

 

今一度謙虚を意識して、

義とは何かを考え、

感性や感覚について考え、

行動と発信も交えて、

勉強を続ける。

 

これを2023年の目標とします。

この結果として、2020年からの自分と大きく違いがあると実感できるものとする。

 

そうでなければ

さらに厳しく学ぶ環境をつくります。

 

スタート

吐露

結局のところ、

周りが関わりやすい

自分を演出することが

 

一番の無難だと思った。

 

私が過ごしやすい様に過ごすことは、

周りにとって恐怖や畏怖でしかないと。

 

そして私は誰かから大切にされることは滅多にないということ。

家族でさえ全て他人なのだということ。

 

仏教でいう"孤独"とはこういうことかなと浅はかに思う。

 

大切にしたいと

大切にされたい

は、欲だ。

 

私はそれ以外についても欲が大きい。

強欲だから自分を律することは大いに必要で。

普通の律し方では無理だ。

 

もっと確かな、

確固たる決意でこれだと決めて、

心に約束して誰にも甘えないことを。

 

自分の痛みや病気は二の次にすることを。

 

誰にももたれかからないことを。

決めなければいけない。

 

私はかっこ悪い自分をどうしても許せない。

 

今の自分は本当に恥ずかしい。

正直に、人前に出るのが恥ずかしくて我慢できない。だから消えたくて消えたくて仕方ない日々を毎日過ごした。

 

プライドなのか見栄なのかなんでもいいけど、今の自分の在り方は恥ずかしくて仕方ない。

 

身体も、

考えて動いた結果も、

考え方も、

頑固さも、

見栄っ張りなところも、

誰かの為に動けないところも、

見返りを求めてしまうことも、

意識して避けても見返りを求めてしまうことも、

口や頭で何度言い聞かせてもそれがやめられないことも、

本を読み漁って言い聞かせてもやめられないことも、

時代が進むと自分から他者へスポットライトが移ることも、

そのまま居続けることは老害となることが分かってて退くのを心では嫌だと思ってしまうところも、

去るなら早くさってしまいたいことも、

去るように誰かが言って欲しいと願うことも、

私ができるから人もいつかできるだろうという考えも、

人それぞれだということの本当の意味も、

本当の想いを誰かに代弁して欲しいと思うことも、

私は代弁してるのにと考えてしまうことも、

好きも嫌いも、

良いもの悪いも、

全部嫌だ。かっこ悪い。嫌いだ。

 

本当は私をみて欲しい。

頑張った事柄を認めて欲しい。

ただいるだけで良い存在になりたくない。

居るからには何かやりたい。

実感したい。

必要がないのになぜ生きなければいけないのか分からない。

みんなのもってる常識を理解できない。

私がどれだけ愚かなのか教えてくれ、

私はゼロに戻りたい。

2度とできないリセットを

何度も何度もしたい。

これについていつもみないふりをするんだ。

みないふりをすれば時が進むから。

気にならなくなるから。

 

聞いてくれ。応えてくれ。私をみてくれ。

こんな私はうんざりだ。

うんざりなんだ。

変わりたい

変えたい

だれか何か言ってくれ

頑張って聞きに行ったんだ。

相談しに行ってるんだ。

その先で真剣に聞いてくれた。

その度に頑張れる力をもらった。

もらった。

でも何かあると、やっぱり私が悪いんだろうかとまた悩み始めてしまう。

その度にまた頑張る力を貰いに行った。

そればかりでは良くないと1人でも立てるようにしなければならないと思って。

しょっちゅうはいけないと思って。

すると心や頭に残る音楽をエンドレスで流しまくる。おちつけおちつけと。

ふと口ずさむ歌は、実は自分では病気の合図だと思ってる。

あれはゾーンに入る時の合図だから。

いろいろ理由をつけて誤魔化してるけど、

あれがあるとすごい集中する前触れで、だんだん高揚してきてゾーンに入る。ゾーンに入ると周りが見えなくなるし聞こえなくなるしそれを遮られるとムカついてしまう。

社会不適合者の自覚がある。

 

だから。

冒頭に戻る。

 

これで病気じゃなかったらどうしたら良いんだ?

これが普通だとするならやっぱり自分に必要なのは律する心だ。

それらは全て戒めとなる。

私の場合。戒めでしかない。

だから身体や心に罰を与えて自傷的な行動にでちまう。

 

今の在り方が恥ずかしいです。

ごめんなさい。

 

 

でも…やってみたかった。

あ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学の時もそういえば。やってみたくてやって反省したのを今思い出した。

好きなように自由に生きようと我儘しまくったんだ。大学時代…そういえばそうだった。

 

やってみたくてやったと言ったら、

父にじゃあ間違いだったな。って言われた。

具体的には思い出せないけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんと。

馬鹿らしい。

私らしくなかったんかな、

もっと厳しくしよう。

自分に厳しくして。

自分で胸張れるくらい…。

誰にも頼らず甘えない。

壊れるまで一回やろう。

壊れるまでやって。

まだ生きてたら、また改めよう。

 

どうせ口だけで行動に起こせないだろうから期待はしないよ。それくらい、残念に思ってる。

恥ずかしいことをここに書き残すのは、

後で見返して自分を嘲笑する為

おはよう2023

あけましておめでとう2023

 

今年は"抜く"年でした。

 

身体の力を抜いて。

勝手に背負った責任感を抜いて。

誰かのためにという気を抜いて。

自分を律する気を抜いて。

本来私が認めないような生き方をした一年だったけど、素晴らしい発見が多かった。

そこまで自分を律する必要はないし、それをしなくても世界は回る。

だから、本当に私自身を求めてくれるような場所でないなら居なくても良いかなという思いもはっきりもてた。

 

私でないとダメだと言ってくれるのは、

ダンスクラブの存在だけ。

他でもない私だからという実感を持てた。

その他はそんなことなくなった。

そもそも自分抜きで回るように育てるのが目的だったから当たり前体操。

それもあって飽きちゃったのもあったんだろうな。後周りとの温度差は嫌悪だった。

 

ここ数年は会社中心の生き方が当たり前で、

その中でどんな成長ができるか、

出来たかを考えていました。

 

自分の性格や技術に自信が無かった事を、

自信にする為にここ9年間は生きてきた。

色んな人と会って、色んな仕事をして、

自信や度胸や知識がついた。

まだ未熟ではあるけれど、昔欲しがっていたものをある程度持つことができた。

 

今度はそれを応用したい。

活かしたい。

 

自分に合う土俵を探したり作ったりしたい。

 

常に炎に燃えていて

その中に冷たく落ち着いた心を持って

全てを隠す笑顔を持って

 

かっこよくなりたい。

 

 

 

耳鳴りザーザー

仕事やめたけど、いまだに耳鳴りや強迫観念残ってて眠れない時ある。

安定していた月のものも狂ってしまった。

まだ調律できてないのかな。

 

真面目すぎるからか、

不真面目すぎるからか。

 

考えないのが1番なのか、

広く考えるのが良いのか。

 

受け流すことは

時間が経つのを待つことは

意外と良い対策ではなかったかもしれないと

帰省中にふと思った。

 

気付いたけど言わなくて良いことも、

相手の為に言ってくれる言い合える親友達とのやりとりからもまた気づきがあった。

 

本当に相手の為なら自分が嫌なことでも相手が嫌なことでも伝える機会の方が多いよなって。

 

北条の小四郎のような生き方をしたいし、

御成敗式目を作った息子みたいな生き方をしたいな。

 

 

ポジティブな意味で

なんでこの人と2人で飲み屋にいるんだろう?

 

とつい最近思った時、まぁ良いかと流した。

もし、嫌な気分が続くなら帰っていたと思うのに。

 

で、さっきふと思ったんだが。

 

後輩であるし、

おしゃべりが好きな人でもあるし、

スポーツの趣味を共有していた。

仕事のみの付き合いではなく。

 

話の内容が、職場以外のものになるとまた楽しく会話が弾んだ。

 

この人は俗にいう友人なのかなと思えた。

 

後輩に飲みに誘われたら断らない。

だいたい愚痴や相談や発散だから。

年上や上司のは気分でだいたい断ってる。

意図がわからないから。仲良く…なら時と場合による。

 

これを基準にすると、やはりこういうのがない人は職場の付き合いなのかもしれないと思った。

 

暗いネガティブな捉え方ではなく、

発見した感覚。

のでメモに残します。