甘能美にあふれた世界

感性と感情に浸る時間を過ごします。

野心と名付けた

私には日本を変えたいという野心がある。どこからともなく溢れてくる。そこに必要性を感じ、私がココ(日本)に所属しているからこそ湧き出る野心だと考える。

 


私は恩師である一人の女性に言われた言葉を胸に抱いて生きている。いつ言われたかは忘れたが誰になんと言われたかは忘れた事が無い。何故それを抱き続けているのか…それは、私がその女性を信じているからである。どんな神や仏よりも信じているその人に言われた言葉は全てが正しいと思い込んでいる。

 

余談だが、大学4年の卒業間近、私がその女性から離れ過ぎた事もあり、信仰心?が薄れた事があった。勝手ながら裏切られたような、喪失感を覚えたが、今考えると自分の成長を示していたのだと気づく。ある事柄を信じてすがらなければ生きていけなかった私から、自分の意思を信じて生きていく私へ変わった時期だったのだ。いわゆる自立だ。

 


そんな事はさて置き、抱き続けて生きてきたのだ。「あなたは必ず何か凄いことをやると思うわ。」言われた時は照れて流してしまったが、その時心のどこかで火種が生まれた。「あぁ、私はやるんだ。」と漠然と思った。

 


自分は小さく平凡で特出したものが何も無いと思っている反面、ただでは終わらないと信じている。

両親は素晴らしく、その両親も素晴らしい人々だった。そんな人から遺伝子をもらった自分が何かをしないで終わるわけが無いと思っている。そして自分もそれを繋げるのだと漠然と感じていた。

 


遺伝子で考えると、自分が何を成し遂げたかより、身体(あるいは脳や内臓など)への変化をどれだけ与えたかを考えてしまう。身体の変化には心が必ず伴うであろうと考える。心身共に納得した上で変化を起こしてこそ結果・成果が生まれる気がするからだ(気がするだけ)。それほどインパクトが無ければ遺伝子も反応しないだろ。